福島県・南会津町(Fukushima・Minami aizu)の旅

旅の記録(Travel record)福島(Fukushima)

 

旧会津藩領だった北会津郡(Kita aizu gun)とは違って、南会津郡(Minami aizu gun)はやや地味な印象がある地域です。

 

 

しかし、南会津郡(Minami aizu gun)には蕎麦や歌舞伎で有名な桧枝岐村(Hino e mata mura)や、山岳湿地帯で有名な尾瀬沼(Oze numa)があります。

尾瀬・国立公園(Oze・Koku ritsu ko en)

 

 

桧枝岐村(Hino e mata mura)から尾瀬沼(Oze numa)に向かう道の途中に、紅葉の名所として有名なモーカケの滝(Moh kake no taki)があります。

 

 

モーカケ(Moh kake)とは、日本古来の婦人服である裳(Mo)を掛けた(Kake)ように見えるという事からついた名のようですが、詳しい事は分かっていません。

 

駐車場から約400mの所に展望台があり、そこからモーカケの滝(Moh kake no taki)を見る事が出来ます。

 

 

モーカケの滝(Moh kake no taki)の近くには行けないので、展望台から見るしかありません。

 

 

展望台の先に道があるので、歩いてみます。

 

 

紅葉が燃えるようです。

 

 

沢に辿り着きました。この先には民家しかありません。

 

 

モーカケの滝(Moh kake no taki)から酷道として知られる国道352号線を自動車で走行すると、古民家で有名な前沢曲屋(Mae zawa magari ya)の集落が見えてきます。

前沢曲家(Mae zawa magari ya)

 

 

前沢曲家(Mae zawa magari ya)の前を流れる舘岩川(Tate iwa gawa)の近くには、その名前の由来となった立岩(Tate iwa)があります。立岩(Tate iwa)は有名な観光名所なので、バスも停められる大きな駐車場があります。

 

 

駐車場には看板があり「いつの時代かは定かでは無いが、一夜にして立岩(Tate iwa)がこの地に現われ、それに驚き腹を立てた大胆坊(Dai tan boh)という巨人が、立岩(Tate iwa)の頭部を蹴飛ばした。蹴飛ばされた立岩(Tate iwa)の頭部は5km先に落ち、岩下という地名が残った」と記されています。

 

 

赤丸の中に立岩(Tate iwa)の一部を見る事が出来ます。昔は立岩(Tate iwa)に登る事が出来たそうですが、今は難しいと聞きました。

 

 

立岩(Tate iwa)の近くに「おあしす(Oasis)」という飲食店があります。ここの店長さんは管理人が立岩(Tate iwa)について調べていた時に、色々な事を詳しく教えてくださいました。

 

 

担々麺(Tan tan men)が一番人気との事でしたが、他の料理も美味しいと評判です。震災前は、店の前に行列が出来る程の人気だったとか。店長さん、取材時はお世話になりました。

 

 

おあしす(Oasis)の先に、会津高原たかつえスキー場(Taka tsue ski resort)の入り口があります。昔、その地域は高杖村(Taka tsue mura)と言って、木製の椀などを作る木地師(Ki ji shi)の集落があったそうです。

橋の下を流れているのは舘岩川(Tate iwa gawa)で、川を渡ってすぐの所に自源寺(Jigen ji)があります。

 

 

この地域ではエゴマを「じゅうねん(Ju nen)」と呼ぶのですが、栄養豊富で食べると十年長生きするからだとか、自源寺(Jigen ji)の和尚が「種をまいたら、十回、念仏を唱えなさい」と教えを説いた事から、そう呼ぶようになったと言い伝えられています。

また、この地域の特産品である赤カブ(Aka kabu)の漬物も、自源寺(Jigen ji)の坊守が製法を確立したものです。

自源寺(Jigen ji)

 

 

自源寺(Jigen ji)の近くには、トチノキの巨木で有名な井桁・鹿島神社(Igeta・Kashima jinja)があります。

 

 

本殿(Hon den)です。御祭神は武甕槌命(Take mikazuchi no mikoto)、大雷神(Oh ikazuti no kami)、活津日子根命(Ikutu hikone no mikoto)の三柱です。

 

 

敷地内(Kei dai)には、福島県・緑の文化財に指定された推定樹齢500年のトチノキがあり、その根元には稲荷神社(Inari jinja)があります。このトチノキと、少し離れた所にある逆さ唐松(Sakasa  karamatsu)が、この地域の巨木として有名です。

 

 

逆さ唐松(Sakasa karamatsu)は、天狗岩社(Tengu iwa sha)の近くに生えています。国道352号線沿いにある、美味しい豆腐や栃餅(Tochi mochi)で人気の井桁豆腐店(Igeta tofu ten)の脇にある参道から入っていきます。

 

 

この鳥居をくぐって真っ直ぐ歩き、突き当たりを右折します。

 

 

福島県指定の文化財、逆さ唐松(Sakasa kara matsu)です。枝が上に向かず垂れ下がっている事から、この名がつきました。

自源寺(Jigen ji)が火災で焼失した際に、法華経(Hokke kyo)の経典が火災で発生した気流で飛ばされて逆さ唐松(Sakasa kara matsu)の枝にかかって夜な夜な光りを発し、それを不思議に思った村人に発見されたという伝説があります。

焼け残った法華経の経典は、自源寺(Jigen ji)の寺宝になりました。

 

 

逆さ唐松(Sakasa karamatsu)までは砂利が敷かれた坂道ですが、ここから先は階段になっています。その先に天狗岩社(Tengu iwa sha)があります。

 

 

天狗岩社(Tengu iwa sha)と天狗岩(Tengu iwa)です。自源寺(Jigen ji)が火災で焼失した際に、栃木県・古峯神社(Furu mine jinja)から火伏の天狗を勧請したという記録が残っています。江戸末期に、天狗岩(Tengu iwa)に祀られた祠が破損し廃社となりましたが、1985年に再建されました。

 

 

天狗信仰で知られる古峯神社(Furu mine Jinja)は、南会津(Minami aizu)の天狗岩社(Tengu iwa sha)から約100㎞ほど南下した所にあります。

古峯神社(Furu mine jinja)

 

 

おあしす(Oasis)の店長さんから聞いた話では、天狗岩(Tengu iwa)の天狗(Tengu)と、巨人の大胆坊(Dai tan boh)が、立岩(Tate iwa)から天狗岩(Tengu iwa)まで競走したという民話があるそうです。

天狗岩(Tengu iwa)は古峯神社(Furu mine jinja)から天狗(Tengu)を勧請するまで、鳥首岩(Tori kubi iwa)と呼ばれていたという記録があるので、天狗(Tengu)と大胆坊(Dai tan boh)の民話はその時代に生まれたのかも知れません。

また、自源寺(Jigen ji)の法華経は逆さ唐松(Sakasa karamatsu)ではなく、鳥首岩(Tori kubi iwa)に引っかかったという話もあるようですが、岩の立地と形状からして、その可能性は無いような気がします。

 

 

逆さ唐松(Sakasa karamatsu)から参道の鳥居を潜らずに直進すると、国道352号線沿いにある天狗(Tengu)という飲食店の駐車場に出ます。

 

 

会津ラーメンや、名物の焼き餃子が人気のお店の名前は、天狗岩社(Tengu iwa sha)にちなんだのかも知れません。

 

 

352号線を会津田島(Aizu tajima)方面に行く途中に、南会津のマッターホルンと言われる佐倉山(Sagura yama)の登山口があります。その右側に、小さいながらも駐車場があります。

 

 

この登山道から、天狗岩社(Tengu iwa sha)のある天狗岩(Tengu iwa)を、別の角度から見る事が出来るそうです。しかし、自源寺(Jigen ji)の住職が登山に挑戦したものの、途中で登頂を断念したほど険しい道であり、藪漕ぎも必至なので準備は入念に。

 

 

会津高原たかつえスキー場(Takatsue ski resort)に最も近いコンビニエンス・ストアーです。上の地図ではYショップとなっています。

 

 

国道352号線を会津田島(Aizu tajima)方面に向かって走行し、121号線に入って北上した所に、会津若松から日光への宿場町として栄えた大内宿(Oh uchi juku)があります。大内宿(Oh uchi juku)は前沢曲家(Mae zawa magari ya)に似た古民家集落なので、共に紹介される事が多いです。

大内宿(O uchi juku)