東北寺(To hoku ji)

T東京(Tokyo)

〒150-0012東京都渋谷区広尾2丁目5-11

駐車場:無料駐車場がある。


 

臨済宗中興の祖と名高い白隠慧鶴禅師(Zen master hakuin ekaku)の師である、正受老人・道鏡慧端(Shoju rojin・dokyo etan)の師、至道無難禅師(Zen master shido mu nan)の墓がある東北寺(To hoku ji)です。

 

東北寺(To hoku ji)は、一方通行の多い澁谷の住宅地にあるので、自動車で来るのはちょっと大変かも知れません。

 

 

参道に入ってすぐの所に、一葉菩薩?の像がありました。

 

 

東北寺(To hoku ji)の山門(San mon)です。

 

 

扁額(Hen gaku)には「禅河山(Zen ga san)」と書かれています。

 

 

山門(San mon)の右側に道があり、その先は駐車場になっています。

 

 

特に何の表示もありませんが、庫裏(Kuri)です。僧侶の住居ですね。

 

 

写真中央に方丈(Ho jo)と書かれた額が見えます。本来、方丈(Ho jo)は住職が住む部屋を指すのですが、今では本堂(Hon do)と同じ意味になっています。

 

 

方丈(Ho jo)の塀の前に、仏像と三猿の石像がありました。

 

 

方丈(Ho jo)を正面から。と言っても、上の部分しか見えませんが。

 

 

方丈(Ho jo)を別の角度から。こちら側は墓地になります。

 

 

方丈(Ho jo)の屋根です。結構大きな建物ですね。

 

 

ちょっと引いた所から方丈(Ho jo)を撮影しました。

 

 

墓地から方丈(Ho jo)が見える位置に、開基・至道無難禅師(Zen master shido mu nan)の無縫塔がありました。案内も何も無かったので、墓地中を探し回ってしまいました。

 

 

至道無難禅師(Zen master shido mu nan)は、最初は麻布に東北庵(Tou hoku an)を構えました。その後、小石川(今の文京区)に移り、天下三庵と呼ばれた至道庵(Shido an)を建立します。禅師が亡くなった後、東北寺(To hoku ji)という名に改めて、この地に移転したという記録が残っています。

 

 

白隠慧鶴禅師(Zen master hakuin ekaku)の師である正受老人・道鏡慧端(Shoju rojin・dokyo etan)は、東北庵(Tou hoku an)で出家し、修行の後に至道無難禅師(Zen master shido mu nan)から正受(Shoju)の扁額を与えられて、長野県に正受庵(Shoju an)を構えました。

正受庵(Shoju an)

 

 

白隠慧鶴禅師(Zen master hakuin ekaku)が住職を勤めた松蔭寺(Shoin ji)は、神奈川県にあります。今は臨済宗・白隠派(Rinzai shu・hakuin ha)の大本山です。

松蔭寺(Shoin ji)