笠置寺(Kasagi dera) Part2

寺院 (Temple)

 

笠置寺(Kasagi dera) Part1からの続きです。まずはそちらの記事から先に読む事をお勧めします。

笠置寺(Kasagi dera) Part1

 

 

まずは入口から修行場に入ります。

 

 

 

修行場の入口から少し歩いた所に、弘法大師・空海(Ko bo daishi・ku kai)の石像があります。

 

 

石像の隣に石段があり、その先には大師堂(Daishi do)があります。しかし、この石段は下り専門なので、上る事は出来ません。

 

 

石段の前に、拝観ルートを説明する看板があります。大師堂(Daishi do)は一番最後になっているので、とりあえず先に進みます。奥に見える建物は正月堂(Sho gatsu do)です。

 

 

正月堂(Sho gatsu do)の手前に大きな石があります。

 

 

これが笠置石(Kasagi ishi)です。第40代・天武天皇(Ten mu ten noh)が即位する前に狩猟の為にこの地を訪れ、岸壁に弥勒菩薩(Miroku bosatsu)の姿を刻むと決めて、その目印となるように石の上に笠を置いたという伝説があります。

 

 

笠置寺(Kasagi dera)の御本尊(Religious-symbol)は、岩肌に彫刻された弥勒菩薩(Miroku bosatsu)です。彫刻は過去の戦争で岩肌を焼かれた際に、剥がれ落ちてしまったそうです。摩崖仏の隣に、本堂(Hon do)の正月堂(Sho gatsu do)があります。

 

 

正月堂(Sho gatsu do)の中には、摩崖仏のイメージ像があります。

 

 

正月堂(Sho gatsu do)は、奈良県の東大寺(To dai ji)の二月堂(Nigatsu do)で行われる「お水取り(Omizu tori)」という行事の発祥地です。因みに、日本語で正月(Sho gatsu)は一月という意味です。

 

 

正月堂(Sho gatsu do)の先に、千手窟(Senju kutsu)があります。東大寺(To dai ji)の僧侶がここで悔過(Keka)という修行法を編み出して、その修行法が東大寺(To dai ji)でも行われるようになったのが「お水取り(Omizu tori)」の始まりです。

 

 

千手窟(Senju kutsu)の近くに、1000年以上前に彫刻された虚空蔵菩薩(Koku zo bosatsu)の摩崖仏があります。

 

 

虚空蔵菩薩(Koku zo bosatsu)の摩崖仏から少し歩いた所に、修行場のスタート地点である胎内くぐり(Tai nai kuguri)があります。修行者はこの岩窟を母胎に見立て、潜り抜ける事で心身を清めます。

 

 

胎内くぐり(Tai nai kuguri)の先には、このような奇石があります。奇石の奥にも巨石が見えます。

 

 

この巨石は叩くと太鼓を叩くような音がするので、太鼓石(Taiko ishi)と呼ばれています。

 

 

 

太鼓石(Taiko ishi)を潜った先には、揺るぎ石(Yurugi ishi)があります。岩盤の上に石が載っていて人の力でも動かす事が出来るので、そう呼ばれるようになりました。

 

 

揺るぎ石(Yurugi ishi)の先に、平等石(Byo do ishi)と呼ばれる巨岩があります。

 

 

平等石(Byo do ishi)からの眺めは最高です。運が良ければ、冬の早朝に雲海を見る事が出来ます。

 

 

平等石(Byo do ishi)の先に、蟻の戸渡り(Ari no to watari)と呼ばれる難所があります。

 

 

蟻の戸渡り(Ari no to watari)とは、蟻が狭くて細い場所を並んで歩く様子を例えたものです。この岩と岩の間を進まなければいけないのですが、狭くて斜めになっているので、服が汚れないように注意が必要です。

 

 

蟻の戸渡り(Ari no to watari)の先には、二の丸(Ni no maru)と呼ばれる広場があります。

 

 

二の丸(Ni no maru)広場から少し歩くと、道が左右に分かれます。まずは右の方に行ってみましょう。

 

 

少し歩くと貝吹き岩(Kai fuki iwa)がある広場に出ます。修行者がこの岩の上に乗って、ほら貝を吹いて音を出していた事から、貝吹き岩(Kai fuki iwa)と呼ばれています。

 

 

貝吹き岩(Kai fuki iwa)からJR笠置駅(JR Kasagi eki)と、笠置キャンプ場(Kasagi camp jo)を望みます。

 

 

貝吹き岩(Kai fuki iwa)から少し歩いた所に、第96代・後醍醐天皇(Go daigo ten noh)の行在所(An zai sho)があります。行在所(An zai sho)とは、仮の住処という意味です。

 

 

後醍醐天皇(Go daigo ten noh)は笠置山(Kasagi yama)に籠城して当時の政権と戦いましたが、その後、吉野山(Yoshino san)の吉水神社(Yoshi mizu jinja)に皇居(Ko kyo)を作って南朝(Nan cho)と呼ばれる新たな朝廷を開きました。

 

 

吉水神社(Yoshi mizu jinja)

 

 

行在所(An zai sho)から少し歩いた所に大師堂(Daishi do)があります。堂内では弘法大師・空海(Ko bo daishi・ku kai)の石仏を祀っているそうです。

 

 

大師堂(Daishi do)の階段を降りると、修行場を一周した事になります。笠置山(Kasagi yama)の近くには剣豪(ken go)の里として知られる柳生の里(Yagyu no sato)があります。

柳生の里(Yagyu no sato)には世界的漫画作品・鬼滅の刃(Kimetsu no yaiba)で有名になった天乃石立神社(Ama no iwa tate jinja)があります。

 

 

天乃石立神社(Ama no iwa tate jinja)

 

 

天乃石立神社(Ama no iwa tate jinja)のすぐ側には、剣術の世界に多大な影響を与えた沢庵宗彭禅師(Zen master Taku an so ho)が開山した芳徳寺(Ho toku ji)があります。

芳徳寺(Ho toku ji)