永平寺(Ei hei ji) Part 2

E福井(Fukui)

〒910-1228福井県吉田群永平寺町志比5-15

駐車場:有料駐車場が複数ある。


 

Part2は、通用門の先にある吉祥閣(Kichi jo kaku)の中から始まります。有名な唐門(Toh mon)や、寂光苑(Jaku koh en)、愛宕山観音堂(Atago yama kan non do)などの説明はPart1でしていますので、よろしければ御覧になってください。

 

 

サイト内リンク→「永平寺(Ei hei ji) Part1」

永平寺(Ei hei ji) Part 1

 

 

境内案内図(Information map)です。永平寺(Ei hei ji)の境内は斜面にある為、四階層の作りになっています。

 

 

吉祥閣(Kichi jo kaku)に入ったら、まず境内案内図(Information map)のある部屋で説明を受けてください。立て看板には、左側通行、僧侶の撮影は禁止、鐘や太鼓に触らない、外に出ない、飲酒しない、出来れば脱帽などのルールが書いてあります。

 

 

参拝順路の通りに階段を上ると傘松閣(Sho san kaku)の広間に出ます。ここの天井画は、とても有名です。正面に飾られているのは、達磨大師(bodhi dharma)の絵画です。

 

 

実在したとされる中国の禅僧、布袋(Hotei)の像です。禅の世界では、達磨大師(bodhi dharma)と共に、絵画や仏像のモチーフにされる事が多い人物です。

 

 

更に階段を上っていくとトイレがあります。曹洞宗ではトイレの事を東司(Toh su)と呼び、臨済宗は雪隠(secchin)と呼ぶそうです。正面上部で祀られているのは、全ての不浄を焼き尽くすと信じられている烏枢沙摩明王(Usu sama myou oh)です。

 

 

烏枢沙摩明王(Usu sama myou oh)は古代インド拝火教の神「アグニ(Agni)」の別名で「ignite」の語源でもあります。

 

 

トイレからすぐの所に、永平寺(Ei hei ji)名物の回廊があります。僧侶は一日に何度も往復する訳ですが、結構キツいですよ、これ。

 

 

回廊の隣、山門(San mon)の手前にある板(Han)です。日に三度、時間を知らせる道具ですが、宗派によって木板(Moppan)や巡照板(Jun sho ban)と呼び名が違います。生死事大(Sho shi ji dai)無常迅速(Mu joh jin soku)と書いてあります。これは生き死には重大な問題であり、時が過ぎ去るのは早いという意味です。

 

 

山門(San mon)の右側には、多聞天(Ta mon ten)と持国天(Ji koku ten)の像があります。

 

 

山門(San mon)から、僧侶達の浴室と、仏教経典を保管する経蔵(Kyo zo)への階段を望みます。どちらも一般人は利用出来ません。

 

 

山門の正面には、鐘楼(Sho ro)があります。鐘を撞くのも僧侶の修行です。

 

 

山門(San mon)を守護する増長天(Zo cho ten)と広目天(Koh moku ten)の像です。

 

 

山門にかかる吉祥額(Kichi jo gaku)です。あまり知られていませんが、永平寺の山号は吉祥山(Kichi jo san)です。

 

 

山門の中央から、中雀門(Chu jaku mon)を望みます。

 

 

 

先ほどの回廊を上り、その途中から山門(San mon)を望みます。2Fでは多数の仏像が安置されています。

 

 

山門(San mon)と中雀門(Chu jaku mon)の間にある庭園です。

 

 

回廊を上がった所に、僧堂(Sou do)があります。我々観光客が、僧堂(Sou do)の中に入る事は許されていません。

 

 

僧堂(Sou do)は、雲堂(Un do)とも呼ばれています。僧侶が坐禅をしたり、食事をしたり、睡眠をとったりする、とても大切な修行場です。

 

 

僧堂(Sou do)の近くには、大きな魚を模した魚鼓(Gyo ku)があります。僧侶達の食事の際に、合図として打ち鳴らされるものだそうです。

 

 

僧堂(Sou do)から通路を歩いて、向かい側の回廊に向かいます。正面に見える白い幕がかかった建物は大庫院(Dai Ku in)の玄関です。

 

 

その途中で、仏殿(Butsu den)を正面から見る事が出来ます。内部は後で紹介します。

 

 

向かい側の回廊には、大庫院(Dai ku in)があります。他の寺では庫裏(Ku ri)や典座寮(Tenzo ryo)と呼称されている、修行僧達の台所・厨房です。足が速い事で知られている、韋駄天(Ida ten)の仏像が祀られています。因みに、吉祥閣(Kissyo kaku)の中には、一般客向けの厨房である小庫院(Syo ku in)があるそうです。

 

 

韋駄天(Ida ten)の仏像の近くに、雲版(Un pan)がありました。これは時報などの合図として打ち鳴らされる、雲を象った金属の板です。

 

 

大庫院(Dai ku in)の前にある回廊を上って、先ほど見た仏殿(Butsu den)の中に向かいます。

 

 

これが仏殿(Butsu den)の中央に安置されている仏像です。

 

 

仏殿(Butsu den)の左右の写真です。

 

 

仏殿(Butsu den)の左側の回廊を上る途中に、承陽殿(Jo yo den)への門があります。これは御開山の道元禅師(Zen master Do gen)の御廟です。

 

 

承陽殿(Jo yo den)を正面から。石段は通行禁止の為、ここからは行けません。

 

 

回廊を上った先にある廊下から、法堂(Hatto)を望みます。

 

 

法堂(Hatto)の内部です。僧侶達が作務に励んでいた為、盗み撮りのような形になってしまいました。

 

 

 

法堂(Hatto)の左側の通路を進むと、白山水(Haku san sui)の間があります。これは白山連峰からの湧水で、道元禅師(Zen master Do gen)にお供えする為のものだそうです。

 

 

格子の隙間から、白山水(Haku san sui)の内部を撮影しました。白山信仰(Haku san Mountain worship)と道元禅師(Zen master Do gen)には深い縁があるらしく、曹洞宗の寺では白山神社(Haku san jinja)をよく見かけます。

 

 

白山水(Haku san sui)の先に、承陽殿(Jo yo den)があります。この中は撮影禁止なので注意してください。

 

 

承陽殿(Jo yo den)の左側には、永平寺二代目住職の弧雲懐奘禅師(Zen master Ko un ijo)に因んで名付けられた、孤雲閣(Ko un kaku)があります。孤雲閣(Ko un kaku)は、承陽殿(Jo yo den)に奉仕する僧侶達の詰め所です。

 

 

承陽殿(Jo yo den)の門を裏側から。もちろん、先には行けません。

 

 

承陽殿(Jo yo den)の手水鉢(Cho zu bachi)です。一般人は使えません。

 

 

承陽殿(Jo yo den)に参拝したら、順路通りに帰りましょう。法堂(Hatto)の右側には、大光明殿(Dai ko myou den)があります。観光客は立ち入り禁止です。

 

 

回廊を下っていく途中で、松平公廟所(Matsu daira kou byo sho)を見る事が出来ました。かつてこの地を治めていた歴代君主の墓です。

 

 

松平公廟所(Matsu daira kou byo sho)のすぐ近くに、僧侶達の浴室の入り口があります。

 

 

 

山門(San mon)の前を通り過ぎて、傘松閣(Sho san kaku)に戻る途中に、祠堂殿(Shi do den)の入り口があります。

 

 

祠堂殿(Shi do den)の入り口は狭いですが、大きな看板が掛けられています。

 

 

祠堂殿(Shi do den)の祭壇です。全国各地の信徒様達の位牌が祀られています。

 

 

祭壇の向かい側には、長さ18m、重さ250kgの大数珠が掛けられています。

 

 

祠堂殿(Shi do den)から、吉祥閣(Kichi jo kaku)に入ってすぐの所に、「ひといき坐禅(Hito iki zazen)」の部屋がありました。

 

 

曹洞宗で使われる坐禅用のクッションである座蒲(Zafu)が置かれています。これは僧侶達が使っている物と同じだそうです。ここには指導員などは居ないので、気軽に坐禅をする事が出来ます。

 

 

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